温かく強い風が吹

一瞬、声をかけられたのが分からなかった。たしかに森が俺に話しかけてきているのだが、顔は踏切に接近してきている電車の方へまっすぐ向けたまま。いつもよりも、おちついた数段低い声。全然、あの森じゃないみたいだ。
「ああ、バイト代入ってるか見てきた」
「そう」
「そっちは?」
「私?」「ああ」
「親戚の家に届け物」
「なるほど・・・・・・」

ちょうど眼の前を電車が横切り、温かく強い風が吹き付けてくる。森の今日は下ろした髪が吹き散らされる。それを片手で押さえて、森は静かに立っている。
ハッとした。
髪を押さえる腕の白さが眼に飛び込む。染めていない髪の黒さが残像となって残る。
呆然として、森のことを見ていた。眼が離せなくなっていた。

「見てたでしょ?」
「あっ、えっと・・・・・・」
「えっち」
森は、一瞬だけ、いつもの悪戯っぽい表情をして見せて、そして、再び開いた日傘の陰に隠れた。
電車はすでに通り過ぎ、遮断機はよっこらしょという感じで持ち上がっていく。
「またね」
「ああ、またな」

踏切を渡りだした森は、振り返ることもせず、まっすぐに去っていく。ワンピースの裾から伸びた、すらりとした足のふくらはぎの白さが鮮やかに映える。
俺は、サドルに座り直して、ゆっくりと漕ぎ出すのだった。そして、踏切を渡ったところで森を追い抜いて行く。
横目にチラリと、かすかにほころんでいる森の口元を眺めながら。
自然とペダルを漕ぐ足に力が入る。我慢できずに立ち漕ぎして、顔を風にさらした。
そうして、強い日差しの降り注ぐ住宅街の中を自転車は軽快に速度を上げていった。
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