沖の小島

イワクスは漕ぐ手をトギホにまかせ、片手で危うく櫂を操り片手で水を汲みだす。
張り出した岩場に沿って曲がると、急に崖がとぎれ、入り江にもなっていない、ほんの小さな平場が現れた。この島でただ一か所、舟を泊めることのできる浜である。
激しい雨のなか、舟を陸に上げ、海べりの藪に逃げ込んだ。木の生えたあたりから急な斜面となっている。太い大木の真下は乾いていて、温もりさえ残っている。トギホはどっと倒れ込み、そのまま目を閉じたと思うとはやくも寝息を立てている。
琢は、盛り上がった木の根にもたれかかった。こめかみや首筋が強く脈打っている。
イワクスは手足をのばし、ゆっくりと指をほぐしている。
激しい雨が俄かの川を作り、木々の間を流れて行く。

琢がふっとめざめたとき、嵐はおさまり、静かな雨に変わっていた。
雨音に人声が混じっている。
イワクスとトギホも身を起こした。

「舟だ。舟があるぞ。」
どうやらそう言って叫んでいる。
男たちが歓声をあげて舟に走り寄る。女や子供も飛び出してきた。
歌うような言葉はイワクスの故郷の南の海人の発音に似ている。しかし人々の姿と物腰は海の民のものではない。美しく染めたしなやかな布をたっぷりと使い、全身を包み込んだなりは、絶壁の島におそろしく似合わない。
高い文明を誇る内陸の民の、その中でも豊かな人々のようであった。

祖の言葉を知ると言う若い女との、かたことのやりとりで訊きだしたのは、かれらは西の大陸の住人であることと、この前の嵐でこの島に流れついたこと、舟を失ったことだ。

大陸は荒天と戦乱に乱れ、土地を追われた人々は、海に乗り出した。運任せの漂流で、新天地をめざす。運よく陸にたどりつくものはほんのわずかだろう。ここに生き残っているのは女子供もいれて十数人。
水も食料もとぼしく、この島では暮らしていけない。晴れていればこの先に緑の陸が横たわっているのが見える。渡りたい。彼らは食いつくようにイワクスの舟に手を伸ばす。

彼らの言を繋げていくと、この島に漂着したとき、舟はちゃんとあった。だが、彼らが上陸して休んでいる間に、雇い入れたフナビトたちと一緒に消えてしまったのだ。
「どうやら、置き去りにされたようだな。気の毒だが、命はとられなかったのだから運があったのだろう。」
「きっと舟荷が目当てだったんだ。あの様子では相当な財物を積んでいただろうから。」
嵐に会わなければ無事にどこかの島にたどりつき、舟乗りたちも善良に役目を果たし終えたかもしれない。嵐の神は、心をもゆさぶり弄ぶ。
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